小野妹子とは?子孫や遣隋使、性別や島流しなどについて生涯まとめ!

小野妹子とは、飛鳥時代に活躍した官人です。

「日本書紀」によると小野妹子は大唐に遣隋使として派遣されるも、隋朝の第2代皇帝である煬帝からの手紙を日本に帰国する道中で紛失したとされ、島流しの刑となります。

その後、恩赦されると再び大唐へと派遣されました。

そんな小野妹子の生涯や性別、また子孫などをまとめて解説していきます。

小野妹子の生い立ち

小野妹子の生没年は未だ判明されていませんが、出身は現在の滋賀県である近江国滋賀郡小野村とされています。

天足彦国押人命の子孫であり天皇家の流れを汲む一族の小野氏から誕生するも、小野妹子が誕生した際は、地位は下がり小野氏は豪族となっていました。

 

性別

小野妹子は、その名前から女性と勘違いされることがありますが、肖像画から見てわかるように小野妹子は男性です。

しかし、小野妹子の「妹」という漢字は当時も現代と同じように「いも」と呼ばれていました。

この「妹」という漢字の意味は、当時、男性から見て恋人や妻、親しい女性を指す言葉であったため、なぜ、男性であった小野妹子に漢字の「妹」が付けられたのかは未だ不明のままとされています。

また「子」という漢字が女性の名前として使われるようになったのは明治以降とされており、小野妹子につけられた「子」は当時、女性を表す漢字ではなかったので、男性に使われていても珍しいものではありませんでした。

その例として、小野妹子の他に蘇我馬子や中臣鎌子なども男性でありながら漢字の「子」がつけられています。

遣隋使となる

奈良時代に成立された歴史書である『日本書紀』によると小野妹子は推古天皇15年(607)推古天皇の摂政であった聖徳太子に隋の政治制度や技術を日本に取り入れるための遣隋使として鞍作福利らとともに任命され、大唐へと渡ります。

この派遣は、隋の政治制度や技術を日本に伝えるためではなく、日本と中国との間で長く途絶えていた外交を再開するための派遣でもありました。

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隋朝、第2代皇帝・煬帝が激怒する

大唐へ渡った小野妹子は中国王朝隋の第2代皇帝・煬帝と対面した際、聖徳太子から預かった手紙を渡します。

聖徳太子からの手紙には「日出ずる処の天子、書を、日没する処の天子にいたす。」日本の天子が隋の天子に手紙を書きます。といった意味の内容が書かれました。

「天子」という言葉は1国に限らず、その周辺諸国も支配する支配者としての意味であったため、これに対し、第2代皇帝・煬帝は隋以外の国が「天子」と称することに対し腹を立て激怒します。

激怒した第2代皇帝・煬帝は遣隋使である小野妹子を処罰にかけようと考えましたが、当時、隋は高句麗と対立関係にあったため、小野妹子を処罰にかけ高句麗と手を結ばれては困まるので小野妹子の処罰は見逃されました。

こうして小野妹子は翌年の推古天皇16年(608)に中国王朝隋の裴世清とともに帰国します。

島流しとなる

日本に帰国した小野妹子でしたが、帰国途中、第2代皇帝・煬帝の返書を百済で紛失したため島流しの刑に処されます。

その後、小野妹子は恩赦されると官位の中でも最も高い大徳と呼ばれる地位に昇進し、翌年の推古天皇17年(609)に裴世清の帰国と返書のために高向玄理、南淵請安、旻と共に3回目となる隋への派遣がなされました。

 

小野妹子の晩年

3回目の派遣が行われて以降の小野妹子の史料は残されておらず不明な点が多く残ります。

しかし、小野妹子は晩年に出家すると聖徳太子が建立した六角堂という寺に入ったとされています。

当時の日本では、仏に花を供えるといった習慣がありませんでしたが、隋で仏に花を供える習慣を知った小野妹子が六角堂でも、その習慣を行っていたようです。

仏に花を供えたことが華道の始まりとされているので、小野妹子は「華道の祖」とされることがあります。

小野妹子の子孫

小野妹子の有名な子孫として、小野篁、小野道風、小野小町があげられます。

有名な子孫や、武士として活躍した子孫、現代に続く子孫をまとめてご紹介いたします。

 

小野篁

平安時代前期の公卿、文人です。

 

小野道風

小野篁の孫にあたり、平安時代に書道家として活躍しました。

 

小野小町

小野篁の孫と推測される人物ですが、明確には分かっていません。

女流歌人であり六歌仙、三十六歌仙、女房三十六歌仙の1人に選ばれた人物です。

絶世の美女であったとされています。

 

小野好古

小野好古は元慶8年(884)から康保5年(968)まで活躍した公卿です。

小野篁の孫で、小野道風の兄にあたります。

天慶の乱の際、藤原純友軍を撃退しました。

 

小野政直

戦国時代の武将で、井伊氏の家老を務めました。

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現代に続く子孫

現代において、女優の「えのきさりな」さんは小野妹子の子孫と公言されています。

 

最後に

小野妹子に関する史実は非常に少なく、未だ謎の多い人物でした。

流罪となった小野妹子がなぜ、大徳という大出世ができたのかも謎に包まれたままです。

しかし、小野妹子の子孫ははっきりと分かっているので、これからの研究によって小野妹子の生涯や人物像が明らかにされていくのではないでしょうか。