高杉晋作の名言を紹介!辞世の句についても解説

高杉晋作は  長州藩の武士です。藩、そして日本の為に尊王攘夷運動を熱心に率先して行いました。

志の為なら、逃亡、脱藩も繰り返す革命家で、「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し。衆目駭然、敢て正視する者なし」と友に評されるほどの破天荒ぶりで、自藩の内乱の時には有名な「奇兵隊」を世に誕生させました。

幕末動乱の時代を切り開きましたが、残念ながら明治維新という新しい時代を見ずして、27歳の若さで結核を患い、亡くなります。

高杉晋作の名言

高杉晋作も師、吉田松陰に似て沢山の名言や言葉、書を残しています。また、折り畳み三味線を片手に歩いたと言われるほどで、都都逸(どどいつ)が得意で、歌も世に残しています。

今回の記事では、数ある中から晋作らしい有名な名言、歌の詩などを10選ご紹介します。

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名言①

三千世界の鴉(からす)を殺し主と朝寝がしてみたい 

【意味】本当に好きな主「ひと」はあなただけ。私は3千の鴉を殺す程、起請を書いて罰が当たっても構わない。貴方と一緒にいたいのよ。

 

これは晋作が作った都都逸として有名ですが、熊野神社の起請(きしょう)が関係しています。起請は神様との約束の証文で、破ると熊野神社の鴉が3羽死に、天罰が下るというものです。

昔、遊女と客の間に「年季が明けたら一緒になります」と約束する証文(起請)を書くのが流行りました。しかしこの証文は多数の客に書くのが普通だったのです。ですので、この詩は「本当に好きな人はあなただけ」という艶っぽい遊女の思いを表しているのですね。

余談ですが古典落語でも「三枚起請」(遊女と3人の客の話)という演目があります。

 

名言②

聞いて恐ろし、見ていやらしい、添うてうれしや奇兵隊

【意味】聞いた名前や見た目は恐ろしそうだけれど、頼もしく頼りになるのが奇兵隊の面々だ。

 

自らが作った奇兵隊を城下の民衆に宣伝するための応援歌です(都都逸)。

 

名言③

戦いは一日早ければ一日の利益がある。まず飛びだすことだ。思案はそれからでいい。

【意味】まずは、一歩踏み出すことがなければ勝てるものも勝てない。くよくよ考えるのは踏み出した後でもかまわないから、まずは人よりも1日でも早くやりだすことが正解である。

 

名言④

艱難を共にすべく、富貴を共にすべからず

【意味】苦楽は仲間や友と分かち合うことができるけれど、ひとたび上に立ち富や権力を手に入れると人は自分を見失うもので,仲間との間にもヒビが入る。なので自分は常に一兵として仲間と同じ立場でいたい。

 

元治の内乱後に、藩主から要職の話があった時の言葉として残されています。

 

名言⑤

過ちを改めれば、それは過ちではないのだ。

【意味】間違いを犯しても後悔して犯した過ちを悔い改めれば、それは過ちとは言わない。

 

名言⑥

今さらに なにをかいわむ 遅桜 故郷の風に 散るぞうれしき 先生を 慕うてようやく 野山獄

【意味】野山獄は刑期があってないようなもの、投獄後切腹や自刃で死んでしまうかもしれない。志半ばで投獄された不運を嘆いてみたが、ようやく師、吉田松陰の影を踏めた気がする

 

来島又兵衛の説得失敗後、脱藩の罪で帰郷して野山獄に投獄された時に書いた「投獄文記」にあります。

 

名言⑦

是(これ)より長州男児の肝っ玉を御目に掛け申す。

【意味】これより長州男児の腕前をとくとご覧にいれます。

 

八月十八日の政変において、追放され長州に落ち延びた五卿は功山寺にいました。まさに功山寺挙兵の時です。五卿への出陣の挨拶時にした決意表明です。

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名言⑧

翼あらば 千里の外も飛めぐり よろづの国を 見んとしぞおもふ

【意味】自分に翼があれば、翼を広げて飛び回り様々な国を見てまわりたい。

 

晋作が上海渡航する3年ほど前に書いた手紙の末文にあった和歌です。アメリカへの渡航が実現しなかった師、松陰の思いを引き継ぎ、敵である異国を知る事こそが大事と海外視察を熱望していました。

 

名言⑨

まけて退く人をよわしと思うなよ。知恵の力の強きゆえなり

【意味】負けて退いていく人間を弱いと見くびってはいけない。深い考えがあり知恵があるからこそ、無謀な戦いを避けているのかもしれない。

 

名言⑩

人間、窮地におちいるのはよい。意外な方向に活路が見いだせるからだ。しかし死地に陥ればそれでおしまいだ。だから俺は困ったの一言は吐かない。

【意味】どんな時でも思案を尽くす。それでも窮地に陥ってしまうこともある。ここで「困った」と言ってしまったらおしまい。人間は困ったと言ってしまったら思考が止まり感情に流され、活路を見出すことができなくなる。だから私は決して困ったと言わない。

 

人は窮地になればなるほど、思考を停止させなければ奇策が生まれます。「ピンチはチャンス」という事です。晋作は父から武士は困ったとは決して言ってはいけないと言われて育ったそうです。

高杉晋作の辞世の句

おもしろき こともなき世に(を) おもしろく。すみなすものは 心なりけり。

【意味】この面白くない世の中を、自分の心持ち次第で面白くすることができる。

 

高杉晋作の辞世の句と言われている有名な和歌です。

亡くなるかなり前に書かれたので辞世ではないと言われることもありすが、結核療養中で喀血もひどく本人も死を強く意識していたと思います。すでに病状が思わしくなく、病床で筆を取るもみみずの這うような字になり、力尽き筆を止めるほど衰弱していたそうです。

そこで、看病をしていた野村望東尼が気を効かせて「すみなすものは 心なりけり」と付けくわえ書いたと言われています。

死を意識して綴った和歌ですから、辞世の句に分類されるかと思われます。

 

妻が語る晋作の辞世の句

晋作が最後に残した言葉に関しては、妻・雅子(マサ)が後年語っています。

「(晋作は、)井上さんや、福田さんに、『ここまでやったのだからこれからが大事じゃ。しっかりやって呉れろ。しっかりやって呉れろ。』と言い続けて亡くなりました。いいえ家族のものには別に遺言というものはありませんでした。『しっかりやって呉れろ』というのが遺言といえば遺言でございましょう。」

以上が、高杉晋作の辞世の句、辞世の言葉です。