西郷隆盛の名言や辞世の句、意味などを解説!

「維新の三傑」の一人・西郷隆盛(さいごうたかもり)は、武士から軍人となり討幕という偉業を成し遂げ、明治という新しい時代を築いた人物としてあまりにも有名です。

西郷隆盛は「敬天愛人」という言葉を座右の銘にしており、現代でもこの「敬天愛人」という言葉を社是・社訓にし、西郷隆盛を尊敬する経営者が多くいます。

座右の銘以外にも西郷隆盛は、名言や格言・漢詩や書を数多く後世に残しました。

その数多ある中から、西郷隆盛の名言や格言を抜粋して紹介したいと思います。また、辞世の句についても名言や格言と同じく意味も合わせて詳細に解説します。

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西郷隆盛とは

西郷隆盛は  薩摩藩士で幕末、明治維新の元勲、武士であり軍人であり政治家です。

討幕の指揮を執り薩長同盟・戊辰戦争を遂行し、江戸城無血開城を実現します。

明治新政府では、参議・陸軍元帥となるが征韓論で大久保利通などと対立、下野して鹿児島へ帰郷し西南戦争を起こすも新政府軍に敗れ、城山で自刃しました。

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西郷隆盛の名言

西郷隆盛の名言・格言・漢詩の中から抜粋してご紹介します。

 

名言①

敬天愛人。 

【意味】天を敬い、人を愛する。

 

西郷隆盛はこの言葉をとても好んで使い、南洲翁遺訓(なんしゅうおういくん)西郷隆盛の遺訓21条に出てきます。

道は天地自然の道なるゆえ、講学の道は「敬天愛人」を目的とし、身を修(しゅう)するに 克己(こっき)を以て終始せよ。

敬天愛人を企業理念ととらえ社是として使う会社は多いです。代表的な企業に京セラが社是としています。

 

名言②

人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、己れを尽て人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬ可し。

【意味】成すべきことがある時、己の信念のみで天を相手に行動しなくてはいけない。成すべきことが上手くいかなかった時、人を咎めたり非難するのではなく、己の誠が足らなかったことが原因だと考えなくてはならない。

 

この言葉は南洲翁遺訓(なんしゅうおういくん)西郷隆盛の遺訓25条より。

 

名言③ 漢詩

不爲兒孫買美田(児孫のために美田を買わず)

【意味】志を成すためには常に全ての物を犠牲にする覚悟でいなくてはないけない、故に子孫のために立派な田畑を買うような愚かなことはしないのが我が家の家訓であり私の生き方である。

 

この漢詩は西郷隆盛が大久保利通に贈った漢詩の中の一つで、子孫に財産を遺そうと私利私欲に走る当時の高官を批判する意味も込められています。

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西郷隆盛・偶成より抜粋

「幾歷辛酸志始堅」 幾たびか辛酸を歴(へ)て 志は始めて堅し

「丈夫玉碎恥甎全」 丈夫は玉と砕くるとも甎の全きを恥づ

「我家遺事人知否」 我家の遺事 人 知るや否や

「不爲兒孫買美田」 児孫の為に美田を買わず

一般的に使われている意味は、遺された財産に頼り努力をしない人間になるので、財産を遺さないと解釈されていることが多いです。

 

名言④

彼ら貧民の子弟こそ、真の国家の柱石である 

【意味】道端であくせくと働く貧しい人々こそ真の国の柱石であり、我々が日々生活できているのは貧しい彼らのおかげである。

 

この言葉は西郷隆盛の夫人が良い田畑を勧められて西郷隆盛に尋ねた際に、西郷隆盛が夫人に言った言葉で、最初に夫人に対して子供の中に愚かな者がいるのか、どの子供が一番魂が入っていないのかと夫人に問いただしました。

答えに困った夫人に対して、西郷隆盛は

自分達が何不自由なく暮らせているのは貧しい人々の税金のおかげであることを忘れてはいけない、良い着物、良い家、良い暮らしをしなくても十分暮らせている。自分達の子供の中に愚かな者がいたり、魂の入らない者がいれば田畑も買って残してやらなくてはいけないけれど、幸い皆普通に元気な子供たちであるのだから、財産などに頼らず生活くらいは自分達で自活させなくてはならない」

と諭したという背景があります。

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名言⑤

天の道をおこなう者は、天下こぞってそしっても屈しない。その名を天下こぞって褒めても驕らない。 

【意味】世のすべての人からけなされても落ち込まず、すべての人から褒められてもうぬぼれるな。

 

名言⑥

徳盛んなるは官を盛んにし、功盛んなるは賞を盛んにする。 

【意味】徳のある人に地位を与え、功績がある人には褒賞を与えろ。

 

中国最古の歴史書「書経」に「徳さかんなるは官をさかんにし、功さかんなるは賞をさかんにす。」という言葉が記されており、この一説を西郷隆盛が説いたものだと思われます。

 

名言⑦ 漢詩

耐雪梅花麗(雪に耐えて梅花麗し)

【意味】梅の花というのは、冬の雪や厳しい寒さを耐えるからこそ初春に美しい花を咲かせ、かぐわしい香りを発するのである。大成するには忍耐が必要で、全ての事が無駄ではなく後に見事に結果となって花開くであろう。

 

留学する甥の市来政直(いちきまさなお)に送った漢詩の一節です。

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西郷隆盛の辞世の句

西郷隆盛は西南戦争で自刃した際に辞世の句を残していません。しかし、辞世の句かもしれない漢詩が発見されたニュースが新聞に掲載されました。

また、一般的に辞世の句として紹介されているのは、安政の大獄の際に僧侶、月照(げっしょう)と入水自殺を図った時のものです。

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辞世の句①

ふたつなき 道にこの身を 捨小船 波たたばとて 風吹かばとて 

【意味】道も命も二つとないが、波が立とうが風が吹こうがこの小船に乗り逝くしかない。

 

安政の大獄で命を狙われた僧侶、月照とともに錦江湾に入水自殺を図ろうとした時に西郷隆盛が詠んだ辞世の句です。しかし、西郷隆盛だけが生き残る結果となりました。

 

辞世の句② 漢詩

「肥水豊山路已窮」 肥水豊山の路已に窮まる。

「墓田帰去覇図空」 墓田に帰去し、覇を図るも空しきを。

「半生功罪両般跡」 半生の功罪、両般の跡。

「地底何顔対照公」 黄泉に何なる顔して照公に対せん。 

【意味】肥後や豊後への道はすでに窮まった。故山に帰り骨を埋めよう。維新完遂のために覇を唱えたが、今となってはもうむなしい(ここで戦いをやめよう)。我が半生を振り返ってみると、功罪両様の跡が残ってしまった。泉下で一体どんな顔をして、照国(島津斉彬)公にお会いすることだろうか。

 

辞世の句が発見された?

西南戦争で自刃した西郷隆盛には、辞世の句がありません。しかし、生き延びた者の証言で「晋どん、晋どん・・・もうここいらでよか」と言葉を残したと言われています。

この漢詩は、2009年9月12日付、朝日新聞第一面に、「西郷隆盛辞世の句?」と題して掲載されたものです。

西南戦争について官軍(政府軍)の医師が書き残した日記に、西郷隆盛の辞世の漢詩ともみられる七言絶句が記されていたことが、12日までに分かったというものですが、現在も専門家の間で見解が分かれ議論、調査されており辞世の句と断定はできませんが世に出てきたということで紹介しました。

以上が西郷隆盛の辞世であります。

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